孫用に買ってきた抹茶アイスを手に取って、妻が首を傾げる。
「これ、本当に抹茶が入っているのかしら?」
「入ってなければ食品表示法違反になるから確かに入ってるだろうが、貸してみろ」
成分表を見て、原材料の中にある銅葉緑素にピンと来た。
中学生の頃、グリーンガムを食べていたら大学で光の研究をしている兄がニヤニヤ笑いながら教えてくれた。
「その緑色の正体は蚕の糞だ」
危うく吐き出しそうになった私を兄はからかう。
「バカだな。蚕は桑の葉しか食べない。桑の葉は蚕にはご馳走、人間だって食べられる。もっとも、蚕の糞をそのままガムに練り込むわけじゃない。新鮮な葉っぱを摘んで色素だけ抽出して使うんだ」
さらに兄はウンチクを傾ける。
「お前なんか、『北海名産シシャモ』や『北海名産するめ』といったらてっきり北海道産と思うだろうが、あれはイギリスとノルウェーの間にある北海で獲れたシシャモとするめで、まさに表示通りだ」
「まるで言葉の手品、インチキ臭いなあ」と唖然とする私に、兄は得意げに他の例を挙げる。
「缶詰に『牛肉風大和煮』とか『牛肉風うま煮』というのがある。牛の絵が大きく描かれていてお前みたいなヤツが牛肉の缶詰と勘違いしてしまう。しかし、
『大和煮』の方は馬肉を大和煮した肉で、『うま煮』は正直正銘馬肉だ。何しろ『うま煮』と書いてあるのだから」
そして、兄はこう戒めた。
「蚕の糞より我々が気をつけなきゃいけないのは着色料を含め、食品添加物だ。お前が好きな真っ黄色い沢庵もクチナシとかウコンといった天然物はまだしも有害な着色料を使っているのもかなりあるぞ」
――そんな兄のウンチクに辟易しながらも、加工食品に鎧を着て身構える癖が私にはついてしまった。
子供の頃兄が私にしたように妻にウンチクを傾ける。
「抹茶アイスも抹茶チョコも抹茶の健康的なイメージで消費者を釣っているが、安いのは抹茶は申し訳程度入っているだけで緑色の主な正体は銅葉緑素だろうな。蚕が食べ残した葉と糞から葉緑素を取り出し加工した着色料で、安全性の問題はないだろう。そもそも蚕の糞は漢方の生薬として使われているし、ウグイスの糞は小皺を取ったり肌のキメを細かくする化粧品として、昔から使われてるんだ」
「ふーん、そうなんだ。でも、蚕の糞って聞くと食欲が落ちるわあ。ミウ(孫の名)にはそのこと、バラさないでよね」
うなづきながら私は待てよと思う。アトピー体質で蕁麻疹が出やすく、軽度のアレルギー体質でもある孫も親に守ってもらうだけではなく、そろそろ食べ物の添加物に自分自身で気をつけるべき年齢になったのではないかと。
抹茶アイスを美味しそうに舐める孫の表情を想像しつつ、何ともわかりきった話だが、余計なものを加えない、無添加のものを食ったり使ったりしていることが一番無難なんだという子供の頃からの持論に揺るぎはない。