「ひゃあああ!」
包丁で半分に割ったキャベツから青虫が出てくるのを生まれて初めて見たとき、幼い私はみっともない悲鳴を上げて飛び上がった。
「あー虫がついてるね」
母はそう言って虫に食われた部分を平然とした顔で処理していく。
「なんで虫が出てくるの!」
「これはおじいちゃんとこで作ってる野菜だからね」
私には農家の祖父がいる。この野菜は祖父におすそわけしてもらったのだ。
「なんで?」
「おじいちゃんの野菜は無農薬だから。虫も付くよ」
「なんで!」
駄々をこねるかのようになんでなんでと繰り返す私に、母は困った顔をした。
私は母とキャベツを交互に睨みつけた。明らかにキッチンに異物が紛れ込んでいるのにそれを平然と受け入れ諭すかのような母の態度にも、あの闖入者にも腹が立ったのだ。私はすっかり癇癪を起してしまい、そのままその場を後にした。
そしてその日の晩、私は食卓に並んだロールキャベツを憎々しげな顔で見ていた。
あんな気持ち悪いものが付いたものなんか食べられるわけがない。そんなのよりもスーパーの綺麗にラッピングされた野菜のほうがずっと安心だ。
いつまでも箸を付けようとしない私に母は苦笑いしながら「薬が付いてるとおいしくない!って思って虫は寄り付かないでしょ?でもこれはおいしいおいしい!って虫も食べにくるの」と優しく教えてくれた。
「虫はそんなことわかるの?」
「そう。だから、虫が付くのは自然の証なんだよ」
その言葉に、目から鱗が落ちるかのような思いがした。そこでようやく私はようやく箸を手に取った。もう少し冷めていたけれど、それは今まで食べたどのキャベツよりもおいしかった。
それから時は流れ、私はよく祖父の畑を手伝いに行くようになった。この春も祖父の畑を手伝い、お礼にキャベツをおすそわけしてもらってきたばかりだ。
あの味を知った日から、私は野菜に関してこだわりを持つようになった。スーパーでもできるだけ自然に近い形で作られた野菜を選ぶようにしている。
祖父のキャベツを大喜びで家に持ち帰った日、包丁を通すと中からは小さな青虫が飛び出してきた。その瞬間、昔虫を怖がった記憶が蘇った。
虫のついた野菜。それはかつて私にとって不気味で気持ち悪いだけのものだったが、今は自然の証であり、作り手の愛情の証だ。