食物アレルギー(宮城県・木立慈雨さん)

今から20年ちょっと前、息子は生まれてすぐから顔のアトピーがひどく、やがて病院で食物アレルギーと診断されました。当時食物アレルギーは社会で全く認知されておらず、情報が全くない状態でした。原因食材の入らないメニューを作ろうにも、あまりにも多くの食材で反応したため、食べられるのは蛋白質の多い表面を削った酒米、大根や人参などの野菜や果物類、豚肉程度だけで、メニューはいつも同じになっていました。

当然アレルゲンには添加物や農薬も考えられたので、料理の食材は注意深く無添加のもの、野菜や米も無農薬のものを選びました。衣服や身の回りの物も害となる化学物質の無いものを探しました。食物アレルギー向けレシピ本などない時代でしたので、料理は試行錯誤です。卵・小麦・牛乳が使えなかったので、当時一般的でなかった米粉を使ったケーキや、カボチャパウダーを使って目玉焼き風のものを作ったりもしましたが、食材の購入先もスーパーではなく無添加・無農薬食材を扱う業者を探して購入していました。

当時はアレルギー食材を入れないメニューを出すレストランなどほとんど無かったので、外食はほとんどできず、保育園でも別メニューになるので、みんなと一緒に食べられなくてかわいそうと言われることも少なからずです。そこでホームページを立ち上げたところ、他にも多くの方々が同じ悩みを持っていると知りました。予想どおり、全国の食物アレルギーの子供を持つ多くの家族から相談が寄せられました。食事の悩み、無添加・無農薬食材・商品の購入方法に関しても皆さん暗中模索の状態でしたので、ネットを介して情報交換できたのは幸運でした。

残念なことに、除去すべき食材を誤って子供が食べてアナフィラキシーショックで亡くなる事故が相次いだために食物アレルギーが社会問題となり、これをきっかけとして平成14年にアレルギー物質を含む食材の特定原材料表示が義務化になりました。我が家でもアレルギー対応していると言われたところで食事をしてすぐに湿疹が出たことがあり、焦ったことがありました。我が家は幸運だっただけで、亡くなった子供たちの悲しい犠牲があって初めて社会が認めるようになったことは、忘れてはいけないと思っています。

今は社会の理解が進み、食物アレルギーの対応レストランや無添加・無農薬食材、肌に優しい商品を提供する業者も増えてきています。息子も既に社会人となりアパートで自炊していますが、アトピーでは無くなった今も必ず食材裏の原料欄を見て購入しています。そして夫婦だけの生活となった私たちも、今は自分たちの健康のためにできるだけ無添加・無農薬のものを選ぶことを続けています。

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